naked heart

「裸の心」

(455mm×455mm キャンバス/2018年制作)

 

 

自分の本当の想いに気がつくこと。

自分の心の声を、自分自身で受けとめること。

 

それが時にいちばん難しいから、困っちゃうんですよね。

 

人って、鏡がないと自分の姿を見れないじゃないですか。

(厳密に言うなら鏡に映った自分の姿は、左右逆なので見ること自体できないんですけどね)

それに似ていて、いちばん近くにいる存在のはずなのに

自分の内側が、いちばん不可思議な世界だったりするんです。

 

コミュニケーションがうまくいかない時って

結局つきつめると、それが原因になっていることが多い気がします。

 

「本音で明るくコミュニケーションをしよう!」ってよく言いますけど

「本音」って、そんなに簡単なものじゃないんですよね。

 

何よりもまずは自分の内なる声を聴く必要があって

自分の本心、自分の望みを自分でわかってあげられないと

気持ち良いコミュニケーションって難しいんだと思います。

 

これは自戒も込めて書きますけど、

自分の気持ちが揺れて固まっていなかったり

自分の気持ちが自分でわからないときほど

「本当の気持ちに気づいてよ!」って、相手に求めてしまうんですよね。

 

これでは上手くいくものも、上手くいかないって話になっちゃいますよね。

 

誰かのためにって、自分を抑制する傾向が強い人ほど

世間の常識とかマナーとか、自分の外側の規律を重視して生活してきた人ほど

内なる心の声を聴いて、それを自分で肯定するのが苦手だったりすると思います。

 

でも、何かの弾みに、もし自分の心の声を自分が聴いてあげられなかったことに気がついたり。

耳を傾けなきゃなって思うタイミングが来たなら

きっと、それが最初の大いなる一歩になるんだと思います。

 

勇気がいることなんですけど。

自分の裸の心と向き合えば

時に、かいじゅうのような子供じみた姿に遭遇することもあるでしょうし。

目を背けたくなるような、傷ついた感情に気がつくことだってあります。

心の片隅で、ずっと凍えていた濡れネズミのような想いを見つけたり。

 

でも、それもすべて自分の心の中で生まれてきた感情なんですよね。

受けとめられるのは、世界でたったひとり、自分だけなんです。

 

できることならばそのまま受けとめて、ふかふかのバスタオルで包んであげて

ドライヤーを当てて乾かしてあげてくださいね。

 

かくいう私も不器用なもので(某映画俳優さん風に。。笑)

遠回りしながら、どうにかこうにか自分自身の心に向き合う毎日です。

 

でもきっと、そうやって自分の心に触れていくことも一つの修行というか

人間としてこの世界に生まれて来たことの、意味のひとつなんだと思います。

 

それを続けたなら、きっと自分以外の人にも優しくなれるし

その先には、誰かと感情を分かち合える喜びの瞬間が待っている。

そう思います。

 

 

この記事を読んでくれてる、心の形が似ているみんなの元に

優しい時間がおとずれますように。

 

 

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